2010年7月

「Schola|坂本龍一 音楽の学校」聴講について

今夜は中学生の娘とその友達を連れ、
「Schola|坂本龍一 音楽の学校」の公開収録に参加した。
会場は京都造形芸大。学内には「京都芸術劇場春秋座」という立派な劇場があり、
中学生以上の学生およびその保護者に限り無料で聴講することができた。
そう、Schola=学校なので、まさに聴講。
ほとんど3時間!2コマぶっ続け!もある"講義"の96%は3人の教授によりパネルディスカッションで、
坂本教授の傍らに設置されたスタンとおぼしきGピアノはちょっぴり実演程度だった。
んが、坂本教授のベートーベン、これは普段絶対に聞けない!
本当に貴重な経験をさせていただいた。
当の中学生2人にはちょっと難しかったようだが。。。
さてこの聴講で印象に残ったお話・・・
「クラシックを勉強するって事は死者との対話である。」
ベートーベンはなぜこの曲をこのように作曲したのか?という疑問を、
作曲家の立場で曲を細部まで分析研究を深めるうちに、
200年の時間を超えベートーベンと考え方を通じさせる事が出来る、って内容でした。
確か教授は「音楽で考える」と言っていたような、、、、。
僭越ながら、実は私も同じ想いを画の分野で体験していた、
感じる人のレベルの大小はあれ、クリエイティブには共通の感覚なんだと嬉しかった。

私の体験はこうだ。
もう何年も前だが、染色作家で人間国宝の稲垣稔次郎先生のアトリエにお邪魔した時のこと。
先生は私が生まれる前年に他界されていてる私にとっては歴史上の人物だ。
その実際に対話すら叶わない先生の肉筆のデッサン帳を、
ご遺族のご好意で、まさにデッサンされていた座敷の座られていたその場所で拝見したのだ。
もう茶色に変色したデッサン帳のページをめくった時・・・
その歴史的な遺稿の数々は、昨日ここで描かれたといっても信じてしまうほど生々しかった。
縁側を通し庭先から差し込む柔らかな光、その光を反射するモティーフの光や陰、
この線はこんな風に!そしてあの線はこんな具合に!
画学を踏まえた上で稲垣稔次郎という画家の癖や人間味が生々しく時間を超えて私に語りかけて来た、
;、、、気がした。
私は現実世界で出会う事がかなわなかった人と、
画を通して一方通行ではあるが意思を通わせる事が出来たと確かに感じた。
画や音楽、さらには様々な文化に込めた先人の理念は時空を超える、、、これはとても不思議だが、
人間に備わった生きる為の力だ、と思う。
人間は他の動物と異なり文化を創り、そして伝える事が出来る生き物であるのだから、
尊い先人の創り出した文化を私たちの代で磨き、また新しく加え、
そして次世代につないでゆく事。これが是。
「伝統」とは「人」(ひと)「云」(いう)「糸」(みちすじ)「充」(子が育つ)と分解すれば、
納得がいくかもしれない。
80年代初頭、未来へのPOP音楽としてY.M.Oで初めて坂本龍一教授を知り、
30年後、その教授の「Schola音楽の学校」を通し、過去を改めて噛み締める事の大切さを思い知らされた。

ちなみにこの収録模様は秋にNHKにて放送されるとの事、ご興味のある方は是非。
そう、私の体験は同志社大大学院の村山裕三教授の著書
「京都型ビジネスー独創と継続の経営術」にも紹介されています。