コンテンポラリー・クラシックス・パフォーマンス
今夜、アバンギルドでChori/童司のパフォーマンスを観た。
いつも興味深いのが茂山童司くんの所作だ。
数百年続く茂山狂言の基本的な身体動作をもって、
コンテンポラリーな作品を表現する。
全ての動きを司るのが吊り腰の姿勢。
この吊り腰が芯なんだと思う。
はたして僕の芯はなんだろう。
今夜、アバンギルドでChori/童司のパフォーマンスを観た。
いつも興味深いのが茂山童司くんの所作だ。
数百年続く茂山狂言の基本的な身体動作をもって、
コンテンポラリーな作品を表現する。
全ての動きを司るのが吊り腰の姿勢。
この吊り腰が芯なんだと思う。
はたして僕の芯はなんだろう。
今日は祇園祭の山鉾巡行日。
毎年、室町通りに山鉾が立ち始めると
呉服業界(通称”室町”)は一斉に”祇園祭休み”に入ります。
かく言う僕もその習わしに身体が馴染んでいるので、
今日は一応対外的には仕事日なのですが、
どちらかというとスイッチはOFFぎみ。
というわけで、このところ忙しくて宵山にも行くことができなかったし、
今日は御池通まで繰り出して、
炎天下の中、熱中症覚悟で山鉾の巡行を見物に行って参りました。
<放下鉾の辻回し動画・・・画面がちょっと縦長に・・・>
・・・ビデオの音声をBGMにして以下の写真もお楽しみください。
<放下鉾>
炎天下の御池通を西に進みます。
真上からの太陽で陰も殆どできないくらい・・・。
<浄妙山>
このアクロバティックなシーンが最高にカッコいい浄妙山。
頭を押さえられている人が浄妙さんで、その鎧は室町時代の作で重文だとか。
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<南観音山>
役員の腰には榊にと共に「蘇民将来子孫也」のお札。
「私は蘇民将来の子孫です」とし、
疫病除けのおまじないでもあります。
「ちまき」と同じですね。
僕は子供の頃、真剣に「ちまき」を食べようとした記憶があります。
土曜日に仕事するって結構好き。
電話や来客も、ましてや会議もなく、
全くの自分のペースで、週日にこなせなかった用事を淡々と消化できるから。
今日は午後から自転車で外回り。
天気もよかったので、先日新調したユウノスケ3号に乗り、
まずは、僕ブランドロゴのタグをプリントしてくれている友人の工房へ。
先日サンフランシスコギフトショーで注文が入っていたクッションにはりつけるタグをその場でプリントしてもらい、西大路八条にある友人の工房から、ワコール本社を横目にみつつ、旧千本通りを一路南下。鳥羽伏見の古戦場を通り、京都の地酒、月の桂の横をかすめ、新堀川大筋下がったところの大東寝具工業さんへ。
中学高校の時など何処へ行くのもほとんど自転車で走ったのを思い出しつつ、サイクリング、サイクリング 。
途中、水戸黄門も立ち寄る伏見の酒蔵をバックに記念撮影。
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京都は、レンタルサイクルとかたくさんあってか、オランダのように自転車天国のように思われがちです。が、実のところ、京都は自転車に向いていない土地柄なのです。一見平坦に見える京都盆地は、その実、結構な南下りの勾配が強く、南往きは下りでスイスイ進むのですが、北上するのが大変。僕の場合は往きに放出した位置エネルギーを復路はじっくり蓄えながら上京区まで帰ります。
聞くところによると、僕が住んでいる一条付近の標高と、九条の東寺五重塔の先端が同じだというのですから、伏見まで下るとたぶん、その倍くらいの標高差があるのです。その差100mくらい?
父親が子供の時分には、二条城前から京都駅まで、自転車を漕がずに行けたそうですから、その坂の具合は推して知るべし。恐るべし京都坂。
先日サイクルコンピューターをヤフオクで物色していたのですが、京都に住むなら高度計付きが楽しいかも知れませんね。
ちょっとお腹が気になる祐之亮は、今年はガソリンではなく脂肪を燃焼して移動することにいたします。
みなさま、あけましておめでとうございます。
旧年中はお世話になり誠にありがとうございました。
本年もよろしくお願いします。
平成20年の節目の年、みなさまにとって、
素晴らしき年となりますよう心よりお祈り申し上げます。
さて、このブログも平成20年版始動です。
みぞれまじりの中、自転車こいで参ってきました北野天満宮。
さすがに今日は寒いです・・・。
本殿前ではそれなりの人混みで、
柏手を打つまでしばし列に並びます。
少し前に修復なった本殿はとてもキレイで、
初春の陽光に輝いていました。
で、僕はといいますと、今更ながらなのですが、
少しでも賢くなりますようにと、お祈りを済ませました。
天神さん、聞いてくれてはりますやろか。
とにかく、今年も一年、無事乗りきれますように。
今月15日から開催されている「北欧モダンデザイン&クラフト」展に行ってまいりました。
現在、市立美術館では院展やフィラデルフィア美術館展等4つの展覧会が開催されていて、その一つが「北欧モダン」展。美術館の1F北側半分しかないので規模は小さめ。30分くらいでさらっと鑑賞終了するくらいだけど、それはそれなりにいくつかの「うるうる」&「ドキドキ」がありました。
1つめの「うるうる」は、僕が小学生の頃に自宅にもあったイノベーター社のチェアーとの30数年ぶりに再会。色もウチのと同じグリーン。なんだか懐かしかったな。本家サイトとか探し回ってたらに当時のコンセプト写真があった!今、欲しいです。
そして「ドキドキ」は、ビロードにプリントしたタペストリー。これはすごい。使われている色の深さといったら!超高濃度の深い色彩は中途半端な染色技術ではたぶん表現できないでしょう。逃げのない真っ向からもの作りに挑んだ製品・・・こんな豊かな色彩製品を作ってみたい!って衝動にかられた一品でした。(コイツは純粋芸術ではなく、あくまでも量産プロダクト。アートディレクターや染色技術者の製品への情熱や意気込みはスゴイと言わざるを得ない。)
そう、タペに反応したのは訳があって、例のイノベーター製チェアーと同時期に購入したと思われる当時物のボラス社のタペストリーは今でもウチに掛けてあって、こいつもいまだに良い色出てるんですよね。友禅をつくるオヤジが買った30年以上前のボラス社の生地。モダンデザインなのに今やアンティークになったけど、これは今でも現役。
そっか、僕の子供の頃って、仕事場にはキモノがあってリビングには当時流行の北欧モダンモノがあったんだ!って今頃気がついてみたりしてます。なんだか今の僕の美術的指向性そのもののような気がします。ある意味、怖いな。
そういえば、革新塾の塾生Mくんと朝までお好み屋で話していたときのこと、彼が小さいときからオヤジさんは普段使いの食器にこだわり、古伊万里とか使ってくれていたと話してくれました。感性を育てるのは日常から。本当にそう思います。
帰り道、二条木屋町の「島津製作所創業記念資料館」が無料公開中なのでちょっと寄り道。子供達と科学系クイズラリーに参加。そう、島津製作所といえばあの田中耕一さんがおられる会社。もちろん入り口正面にはノーベル賞のメダルのレプリカが飾られたりで、島津創業者親子のポートレートにならんで、ほとんど中興の祖といった感じでした。そう、ご存じの通りノーベル賞とはスウェーデンですね。
いやはや、北欧デザインに始まり、田中耕一さんでしめる北欧づくし(ちょっと強引)の一日でした。
今年も始まりました。コンチキチン。
上のビデオはデジカメの動画機能で撮った函谷鉾の模様。
11日に鉾建てが終わり、12日の今日、曳初(ひきぞ)めが行われました。ちょうどその時間は打ち合わせの為、大阪に出ていたので動く山鉾は観られませんでしたが、京都に戻った19時半頃ちょうど函谷鉾上でお囃子が始まり、しばしその場で楽しんできました。
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函谷鉾から四条を東にいった長刀鉾では町家から乗り移るための渡しを掛けてはりましたので、宮大工さんのお仕事パシャリ。
お祭り自体は7月1日に始まり31日に終わります。17日の山鉾巡行も僕が1歳の頃まで、”前の祭り(17日)”と”後の祭り(24日)”の2回巡行があったそうです。今は17日の一回に合体してしまいました。もちろん僕の記憶にはまったくありません。
僕の常識では巡航は年に一回、でも僕のオヤジの常識では二回。しかも巡航のルートも全然違います。伝統といっても時代に合わせてどんどん形は変わっています。どの時代のスタイルがオリジナルなのか、、、、という議論は止めどもないですが、変わるべきでないのはその心ですね。
恒例のちまきも一応ゲットしときました。
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今夜は七夕。そんなロマンティックな夜に僕はというと、町内のおっちゃんやおばちゃんたちと町内自治会会議という名のランデブーを行ってきました。(地蔵盆が迫ってきましたからね〜)
会場にお借りしたお宅で、ちょうど会議の最中に月下美人が咲き始め、その場に居合わせた僕はラッキーにも座敷でその妖艶な花を拝見させてもらうことができました。
月下美人は、その名の通り夜に咲く花。夕方頃咲き始め、深夜にはとうとう満開となり、その甘い香りをあたりに漂わせる。そして明朝、真っ白の妖しい花弁は一夜限りでしおれてしまうという、これまたドラマティックな花なのであります。2007年7月7日、こんなラッキーセブンが続く七夕の夜に、月下美人の花に出会いました。
京都府庁前「やまびこ」に”すじカレーうどん”を食いに行く。半年に一回くらいのペースでしか行かないけど、ここの名物がこの「すじカレーうどん」。店の主人の趣味なのか、魚拓がいっぱい張られた店内はお世辞にもキレイとはいえないけど、旨いので許します。
すこし大きいめのウドン鉢にスリ切れ一杯に注ぎ込まれたカレー出汁(だし)の量にいつもならがら「これって最初から大盛りやん」とひとりツッコミ。赤い唐辛子が浮いた黄金色の海に割り箸を沈め、そしてうどんをまさぐる。みるみる間に箸先がターメリックに染まる。
出汁の量に対してうどん密度は薄く、箸先も軽やかだ。そして黄金色の手打ちのうどんに、じっくり煮込まれトロトロになった”すじ”を上手くカラメながらくすくい上げる。
ふぅーふぅーしていると香ばしい香りに刺激され、我慢ならず一気にじゅるじゅると!この時点でこいつが”カレーうどん”であることの警戒モードがOFFになっていることは言うまでもない。
そしてこのすじカレーうどん、とにかく辛い。
灼熱のこいつをズル〜とやることでストレスも吹っ飛ぶぞ!
体中の汗腺から大粒の汗が噴き出すぞ!
食後、我が衣類は飛び散ったカレー飛沫と汗で洗濯機直行とあいなります。
とにかく見た目は大盛りなれど、うどん玉は一玉なのでそれほど過剰なボリュームではない。むしろ、白飯(小)のオプションを選び、残ったカレー出汁&すじをすすりながら飯を食う事で2度、すじカレーを楽しむことができる。
箸袋にURLが記載されていたので調べてみると、けっこう立派なWEBサイトがありました。
http://www.suji-curry.com/
相国寺の承天閣美術館で伊藤若冲展を見てきた。
同志社寒梅館を左手に見ながら、フルーツ屋の角を右に曲がり相国寺の境内に入る。相国寺の中にこんな立派な美術館があるなんて今まで知らなかった。
http://www.shokoku-ji.or.jp/jotenkaku/index.html
美術館入り口付近の自転車置き場にマイチャリを置き、テントで作られた長い回廊を200メートルほどあるくと、やっとのことでエントランスにたどり着く。予想に反してかなりモダンなファサードとサインはサイバー仕様で格好いい。ネット等で初めて若冲を知った若い客層に訴求するためか。。。日本画の展覧会(しかもお寺の境内!)にしては先鋭的な試みだ。
そのしつらえをレセプションの女性に写真撮影の許可を得てぱしゃり。「館内ではご遠慮ください」と笑顔で忠告された。。。。。撮るわけないやン
会場内は大きく分けて2部構成になっている。第一部のメイン展示物は鹿苑寺大書院の障壁画他。墨だけで描かれたモノクロームな花鳥風月は、若冲の特徴でもある漆黒の真墨をアクセントとするアクの強いタッチで描かれ、かつ障壁画故に余白を潤沢に取ることで、若冲が描く省略化され磨き込まれたモティーフの輪郭が強烈に際だっている大型作品だ。
松などの枝振りに挟まれた一見して余白の空間が、枝の輪郭から一分ほど隙間を残し、実は薄墨でうっすら塗られていたり、作家が構図上の濃淡バランスを調整しているのに気がつく。
こんなホンモノを見ることでしか得られない、作家の筆跡の発見もまた展覧会の楽しみのひとつ。
第2部の展示は、大きな展示室一部屋を囲むように着色画の軸が30幅ばかり隙間無く展示されている。正面にはこの展覧会の呼び物である釈迦三尊像があり、手を合わす拝観者も。(お寺での展覧会なので。これを含むすべての軸が同じ表装金襴で表具しなおされている!)この部屋すべての極彩色の絵画を一人の作家が描いたと考えただけでも鳥肌がたってくる。
とくに有名な「群鶏図」にはたくさんの人が群がっていた。この姿を一歩引いて見ればまさに「群人図」である。この絵、いままでに何度も画集でみてきたけれど、今回実物と初対面した。まずはあたりまえだけど実物の色の鮮やかさに感動する。そして絵が持つ情報量の多さに脳がオーバーフローを起こし視線が定まらなくなる。いったいどこを見ろって言うんだ、若冲さん!細密な絵だけにその仕事ぶりを確認しようと”アップ”で見たくなるのが人情だが、ひょっとしてこの絵は”ルーズ”で見る絵なのかもしれない。(ただしルーズで見るのは人の目に限る)
とにかくこの展覧会は来月まであるらしいので、仕事の合間にもう一度(二度三度)行ってみようと思う。
散歩がてらに京都府庁の前を通りがかれば、丁度施設の一般公開中ということで、早速内部を見学してきました。明治18年に建ったといいますから、すでに120年ほどの歴史があるそうです。内部はむか〜し通っていた小学校の校舎と同じ、埃と油引きのニオイがして少し懐かしい気持ちになりました。人の記憶の中で「ニオイ」がもっとも忘れない情報なんだとか。何十年も忘れていても、あっ!このニオイだ!って数十年の時をこえてフラッシュバックする物なんですって。確かにそうかもしれない。・・・でもニオイで思い出される記憶って、どこかせつなく胸がきゅっとなるものが多いきがします。
写真は旧知事室(だったか?)の木製窓枠から中庭の桜を眺めるの図。今ほど透明でもなく波打った窓ガラス越しにひずんだ桜が120年の時間を感じさせてくれますね。